ラス
「そうそう上手くはいかないよね。
エルドラの書の情報を集めるどころじゃない。
エルドラの名だけで拒絶反応を示す人もいる」
「国境の街だから、尚更なんだろうか……。
大震撼戦争の爪痕は深いんだな」
ラス
(……このままじゃ埒が明かない。
移動しよう、もっと大きな街がいい)
全方位を防壁に囲われたルーパスを発つためには
唯一開放されている正門を通らなければならない
ラスは正門に直通する大通りに向かった
ルーパス大通りには飲食店が軒を連ねている
正門まで続く雑踏は蒸したような熱気に満ち
鼻をつく香辛料の香りが道行く人々の足を止める
ラス
(こう賑やかなのは久しぶりだね。
いつ以来だろうか……)
(煙に紛れて何かいい匂いがする。
……肉を焼いているんだろうな)
ラスは香りを漂わす店先に足を向けた
するとそこには眉を引きつらせた――
ユーリ
「……誰が何ですって?
聞こえませんでしたけど?」
眉を引きつらせながらも
何かを堪えているユーリの姿があった
そして対面には熊のような大男が――
こちらは額に血管を浮かべていきりたっている
大男
「ふざけんじゃねえぞ、クソアマ!
耳かっぽじって、よ〜く聞きやがれ!」
「ブ・サ・イ・クだよ!
ブサイクって言ってやったんだ!」
ユーリ
「アンタみたいなブ男に言われるとは
痛恨の極みにもほどがあるわね……」
「こんなブオトコ、見たことないもの!」
大男
「うるせえ、ブサイク!」
ラス
(なんだ、この険悪な……。
険悪なんだけど子供のケンカっぽい雰囲気は)
「……あのさ、あの、ちょっといい?」
ユーリ
「すっこんでなさい!」
大男
「すっこんでろ!」
ラス
「……はい」
ユーリ
「そもそも肩がぶつかったぐらいで何なのよ!」
大男
「ぐらいじゃねえよ!
謝りもしねえで終わらす気か!
その広いデコを地面に擦り付けて謝れ!」
ユーリ
「あら、心のちっさいオトコね〜。
アンタの人生が透けて見えるようだわ。
弱いものイジメだけが生き甲斐なのかしら」
大男
「言わせておけばこのブサイクッ!
テメーにゃ常識がねえのか、常識が!」
ユーリ
「生き抜く上で役立たない常識のことなら
とっくに犬に食わせたわよ」
大男
「な、舐めやがってぇ!
やんのかよ、テメエ、やんのか!」
ユーリ
「ふふん、そんなに吠え面かきたいの?」
大男
「ぶっとばしてやる!」
ラスは頭痛に顔を伏せた
止めて止まるような連中じゃない
少なくともラスには止められない
だから料理屋の中から聞こえてきた
妙に良く通る男の声は
まさに天の助けそのものだった
男の声
「お止めなさい、ワイナー」
ワイナー
「旦那……、兄貴……」
料理屋から二人の男が姿を見せた
一人は眼鏡を掛けた理知的な雰囲気の男であり
もう一方は甲冑をまとう無骨な風貌の男である
声を掛けたのは眼鏡の男だったようだ
眼鏡の男
「無用な諍いは避けるように。
……いつも言っていることですよね」
無骨な男
「…………」
ワイナー
「すまねえ、旦那、兄貴。
だけどよ、このブサイクが……」
ユーリ
「誰が、ナニよ」
正面から目を離した
大男ワイナーのみぞおちに
ユーリの肘撃ちが炸裂した
ワイナー
「ふごはあっ……!」
ユーリ
「ざまあみなさい!」
無骨な男
「…………!」
「見事な一撃だ。身体の使い方を理解している。
体格差があっても有効な打撃だった」
ラス
(……何で感心してるんだこの人)
ラスの違和感をよそに
ワイナーはうずくまって立ち上がれない
無骨な男の眼力そのものは確かなようだ
眼鏡の男
「ダリアード、場所を変えましょうか。
こう柄が悪いところを見せてしまっては
落ち着いて飲み食いもできないでしょう」
ダリアード
「……シラノ殿の意に従う」
シラノ
「せっかく、いい匂いだったんですけどね」
ワイナー
「……ゲホゲホッ!
旦那、兄貴、本当に申し訳ねえ……。
迷惑をかけるつもりはなかったんだ」
ダリアード
「…………」
「お嬢さん、済まなかった」
ユーリ
「あ、いえ、いいんですよ。
こちらにも非はありましたから」
ワイナー
「非だとぉ?
元はと言えばテメーがっ」
ダリアード
「……ワイナー」
ダリアードの精悍さ宿る眼差しが
何か主張したげなワイナーの動きを封じる
ワイナーはチラチラとユーリの様子を窺い
未練がましい表情で沈黙した
ダリアード
「武張るな。余裕を持て」
ワイナー
「……お、おう」
シラノ
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
……我々は場所を変えますので、ごゆっくり」
眼鏡の男はワイナーの襟首を掴むと
そのまま引きずるように歩き出して
涼しい顔で人込みに紛れていく
ワイナーの悲鳴のような声を置き土産に
三人の男達は姿を消していった
ユーリ
「…………」
気まずいのか逡巡すべき要素があるのか
ユーリはラスをじっと見詰めている
無言の視線がラスには重い
ラス
「……また会ったね」
ユーリ
「偶然って怖いわね。
ちょっと恥ずかしいところ見られちゃった」
ラス
「……殴り合いにならなくて良かったよ。
本当に良かったと思ってる」
ユーリ
「ヒジはいれたけどね。
ところでラス君、お昼は済ませた?」
ラス
「いや、この店で食べようかと」
ユーリ
「だったら一緒にどう?」
「君に奢ってもらいたいところだけど
それが無理なのは私が良く知ってる」
ラス
「ご、ごめんね」
ユーリ
「ラス君、そこでなんだけど。
……私の仕事を手伝ってみない?」
ラス
「仕事だって? どんな?」
ユーリ
「詳しくは食事しながら話しましょう。
無駄に叫んだから、お腹が鳴りそうだわ……」